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水は昔を憶えている   「カスリーンの幻影」(その2)…☆

2016–08–28 (Sun) 16:53
前回の記事の続きです。

お話はカスリーン台風のご紹介から始まり、
そこから歴史を紐解き、利根川の東遷、明治43年大水害の入口まで来ました。
まずはウィキペディアで、明治43年大水害をさらっと学習☆

明治43年の大水害

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明治43年(1910年)8月5日ごろから続いた梅雨前線による雨に、11日に日本列島に接近し房総半島をかすめ太平洋上へ抜けた台風と、さらに14日に沼津付近に上陸し甲府から群馬県西部を通過した台風が重なり、関東各地に集中豪雨をもたらした。利根川、荒川、多摩川水系の広範囲にわたって河川が氾濫し各地で堤防が決壊、関東地方における被害は、死者769人、行方不明78人、家屋全壊2,121戸、家屋流出2,796戸に及んだ。最も被害の大きかった群馬県の死者は283人、行方不明27人、家屋全壊流出1,249戸に上り、群馬県など利根川左岸や下流域のほか、天明3年(1783年}の浅間山大噴火後徹底強化した右岸側においても、治水の要中条堤が決壊したため氾濫流は埼玉県を縦断東京府にまで達し関東平野一面が文字通り水浸しになった[2]。東京でも下町一帯がしばらくの間冠水し、浅草寺に救護所(現、浅草寺病院)が造られた記録が残っている。
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この時の侵水域がこれまた広い。

荒川の歴史
000032447.jpg

埼玉県の平野部分が殆ど浸水ですね…
この水が東京の下町に押し寄せ、大きな被害をもたらしたのです。
それでもこの時は主に浸水源は荒川の水です。
利根川の水は、江戸川へ流入する水を関宿水門を閉じて制限した為、
江戸川からの氾濫・決壊が無かったのは幸いでした。
もっとも、そのおかげで水は全部銚子方向へと流れる事になり、
利根川下流地域の洪水の被害を、より一層深刻化させたのですが…

この時の災害を教訓に、東京の下町を水害から守るため、
荒川放水路が開削され、昭和5年(1930年)に完成しました。

…そんな放水路、東京のどこにあるのですかと聞かれそうですが、
これですよ☆

arakawahousuiro-1.jpg

東京の地理に詳しくない方でもわかる例としては…
ディズニーランドへ行く時、東京駅から京葉線に乗ると、
やがて地上へ出て新木場駅に停まります。
新木場駅を出て右手に海を見ながら長い鉄橋を渡り、次の葛西臨海公園駅へ向かいますよね。
あの時渡る川が、旧「荒川放水路」なのです。
あれだけの幅と河川敷を擁する川は、実は全くの人工物で、
この水害からの復旧・治水工事の一環として造られた物なのです。
今は単に「荒川」と呼ばれていますけれどね…☆

その名残は地図のあちらこちらに見られます。
例えば、これ…☆

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荒川をはさんで、東武鉄道堀切駅と、京成電鉄堀切菖蒲園駅があります。
堀切(葛飾区)のウィキペディアによると
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葛飾区西部、荒川東岸の低地にあたり、対岸は北から足立区、墨田区に接する。町域の北は小菅および西亀有、東は東堀切および宝町、南は四つ木に接する。
町の中央を東京都道308号千住小松川葛西沖線(平和橋通り)が南北に横切っている。この平和橋通りと京成本線が交差するあたりに堀切菖蒲園駅がある。実際の菖蒲園は、この地点より南西に約10分ほど歩いたところにある。
菖蒲園のある綾瀬川沿いには首都高速中央環状線が通っており、菖蒲園の北300メートルほどに堀切ジャンクションがある。ここはかつて、堀切橋(旧橋)が架かっていたところである。
テレビドラマ『3年B組金八先生』や『親子ゲーム』のロケ地であった東武伊勢崎線堀切駅周辺は、荒川対岸の足立区千住曙町にある。大正年間に荒川が開削される前は地続きであった。また、堀切駅自体も現在より東にあったが、開削予定地に当たったため現在地に移動した。なお移動前は花菖蒲の名所、堀切園(現・堀切菖蒲園)の最寄駅であった。現在では葛飾区と堀切駅周辺とは荒川上流の堀切橋を利用し、約1km迂回しないと往来できない。
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なるほどねえ…って感じでしょう?
そういう地名は、探せば全国に散らばっていそうですね。


さて、荒川放水路の開通の翌年、昭和6年(1931年)に、満州事変が勃発。
日本は長く苦しく、そして悲惨な、戦争への道を歩み始めます。
そしてやがて…

昭和20年8月15日 玉音放送
昭和20年9月2日  ミズーリ号艦上で降伏文書調印

平和はやって来ましたが…
当時の東京の空襲被害は甚大な物でした。

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「橋淀」「原荏」「田蒲」「黒目」「立足」などと読まないように。
既に戦後とは言え、この時はまだ右から読む時代の地図ですから…☆

荒川の右岸(今の千住や墨田区、江東区など)は一部を除き、殆ど焼失していました。
逆に左岸は、ごく一部を除き空襲は無かったのです。
この頃は下町が焼け野原だった事もあり、外郭部へ住む人々が増えたため、
戦前に比べて人々の通勤距離が、大幅に伸びていたそうです。
一方で電車やバスは空襲の被害で数が足りず、大混雑の状況。

荒川左岸もそうした人々が移り住み、人口が増えていたそうです。
そんな戦争終結から2年余りの、昭和22年(1947年)9月。
カスリーン台風はやって来ました…



さて、ここで冒頭にお話しした、当時の埼玉県北埼玉郡東村へと、
わたしと一緒に、時空の旅に出ましょう…☆

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ご覧の様に決壊地点は、渡良瀬川との合流点の約2.7キロ手前です。
ここでは二つの流れがぶつかり、流れが滞るのは当然です。
地図上方に見える渡良瀬貯水池は、当時はまだ規模がもっと小さく、
既に満水だったと思われます。
と言いますか、戦中戦後の食糧不足の為、
遊水地を開墾して、畑にしてしまったらしいのです…☆

その為渡良瀬川からの水は全量、容赦なく流れ込んできます。
おまけにその下流には東北本線利根川橋梁と国道4号線利根川橋があり、
その橋脚に引っ掛かる流木などで、更に流れは滞っていたと思われます。



ここは前回の「利根川東遷」でお話しした様に、もともと水が流れていた場所では無い「新川通」。
ここで前方からの圧力と、後方からの圧力に押されることになった時、水はどうしたのか…?

東遷のお話の時の地図を思い出してみて下さい。
嘗て新川通が無かった頃は、水は浅間川を通って、江戸湾方向に流れていました。
その浅間川は、どうもこんな感じだったようです…

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浅間川とは?
↑こちらのHPさまでも、浅間川の正確な位置は分からないとおっしゃっておられますが、
 記念碑が宇宙科学館のそばにあるそうです。

img_2.jpg

これは確かに、藪蚊が多そうですね…あのシマシマのやつ☆

img_4.jpg

「利利根川は羽生市川俣で締め切られたあと、大越地区外野と大利根町との境で南にカーブし、現在の古利根川(浅間川)筋を南に流れていた。元和7年江戸幕府直轄地を支配していた伊奈忠次は浅間川を締切り旧原道村から東へ新しい川を掘り、利根川の本流を渡良瀬川に合流させたので、古い河道はとなった。このときの堰堤址が60mにわたって残っており、埼玉県の史跡に指定されている。」

そう、かつて川の流れは、ここから南へ転じていたのです。
しかしその場所は、もうとうの昔に塞がれていて、周りよりも補強されていた事でしょう。
そこで水の選んだ「脱出口」は、約3.3キロ下流の決壊地点だったのでしょう。
ここからまた、ウィキペディアからの引用です。

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カスリーン台風による大洪水の発端となったのは、埼玉県北埼玉郡東村(現在の埼玉県加須市[大利根地域・北東部])での利根川堤防の破堤である。この場所は江戸時代に人工的に開削された新川通と呼ばれる直線河道であり、「明治43年の大水害」の時には破堤しなかったため、比較的楽観視されていた場所であった。
しかし実際には上流の遊水地帯が開発によって消滅しているなど、「明治43年の大洪水」当時とは状況が変化しており、利根川の水は全て新川通に集中することになった。それに加え、下流の栗橋付近には鉄橋があり、そこに漂流物が引っかかって流れを悪くしていたほか、渡良瀬川との合流点もあるため、増水時には水の流れが悪くなるという構造的な問題を抱えていた。
こうした要因によって、15日午後9時ごろには堤防の上から水が溢れはじめ、16日午前0時過ぎに大音響とともに北埼玉郡東村の利根川右岸提が 340m にわたって決壊。濁流は南に向かい午前3時には北葛飾郡栗橋町(現在の久喜市[栗橋区域・北部])、午前8時には南埼玉郡鷲宮町(現在の久喜市[鷲宮区域・西部])、午前10時には北葛飾郡幸手町(現在の幸手市中心部付近)、午後1時には南埼玉郡久喜町(現在の久喜市[久喜区域・中心部付近])に到達する。濁流の進行速度は決して早いものではなかったが、濁流がどこに流れるか、どこに避難するべきかという情報に乏しかったため、避難はスムーズに行かなかった。
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昭和22年9月16日午前0時過ぎ、340mに渡って堤防が決壊。
水は田畑や町を飲み込みながら、南下をつづけます。
こちらに当時の侵水域を表した地図があります☆

000020171.gif

最終的には東京湾の近くまで達する事になるのですが…
この流れのコース、そっくりではありませんか?
もう一度、東遷前の利根川の地図を見ましょう。

keiido_tonegawa011i.jpg

そう、行き場を失った水は、遠い昔に流れていた記憶を辿って、
浅間川-古利根川or庄内古川が嘗てあった場所を、流れていったのです…

文字通り、「水は昔を憶えている」のです。
正確にいえば、地形が大きく変わらない限り、水は昔の通りに流れる…でしょうね☆

でもね、わたしは水にも意思があり、悠久の地球の歴史の中で、
何度も何度も山から川へ、川から海へ、海から空へ、空から山へ…
それを数え切れないほど繰返してきた水は、ちゃんと出口を知っていたのではないか…
そんな気もするのですよ。


悪い事は重なる物です。
新川通堤防決壊と同じ頃、今度は利根川の対岸、
埼玉県北埼玉郡北川辺村(現在の埼玉県加須市北川辺)の三国橋付近で、
渡良瀬川右岸が決壊し、濁流が村を襲います。

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二つの川に囲まれたV字地形の北川辺の水深は6.5mにも達し、
人々はまだ無事だった部分の堤防へ避難したようです。



こうなると現場一帯は大混乱し、もう手の打ち様がありません。
利根川右岸から水は、南下を始めます。


この9月16日未明に決壊して溢れ出した水は、
16日深夜には杉戸町(東武動物公園のある辺り)、
17日深夜には春日部町(市に昇格するのは、7年後の昭和29年)、
18日深夜には東京都県境の北方にまで迫ります。


勿論、政府や地方自治体、GHQもこの事態を重く見て、
出来る限りの対策を取った筈なのですが…???



(また長くなったので、次回へ続く…です☆)

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嘗て東京を大水害が襲った   「カスリーンの幻影」(その1)…☆

2016–08–28 (Sun) 13:15
昨日の記事で、

「台風の災害にかこつけて、原発事故や大停電や堤防破壊などの、
 破壊工作が行われる事は、十分に考えられます。」

という様な事を書きましたが、
実はかなり以前から、わたしが危惧している事があります。
台風に限らず豪雨により増水した際、関東地方のとある河川の、
とある部分の堤防を意図的に破壊する事により、大洪水を引き起こさせて、
首都東京の一部を含んだ広大な領域を、大混乱に陥れる事が出来るのです。

そのとある河川のとある部分とは、ここです。

pont-k-1.jpg

×印の地点、埼玉県加須(かぞ)市新川通といいます。
東京の浅草から日光へ向かう、東武日光線の利根川橋梁から上流へ1キロ上流になります。

ここは昭和30年まで、埼玉県北埼玉郡東村新川通と呼ばれていました。
第二次世界大戦の敗戦からまだ2年あまり、まだまだ戦後の混乱の最中にあった昭和22年(1947年)9月、
台風襲来による増水の為、この部分の利根川堤防が決壊し、大水害が起きた事があります。
その台風の名は…「カスリーン台風」。



カスリーン台風のウィキペディア
↑まずは上記リンク先のウィキペディアを一緒に読みながら、お話を続けてまいりましょう。

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カスリーン台風(-たいふう、昭和22年台風第9号、国際名:カスリーン〔Kathleen〕)は1947年(昭和22年)9月に発生し、関東地方や東北地方に大きな災害をもたらした台風のこと。カスリン台風や、キャサリン台風などとも呼ばれる。台風本体の勢力の割には降水量が多い雨台風の典型例とされている。
当時、日本はアメリカ軍を主とする連合国軍の占領下にあり、台風の英名についても1947年(昭和22年)から1953年(昭和28年)5月までアメリカ合衆国と同様に、A、B、C順に女性の名前が付けられていた(日本ではこの他にキティ台風、ジェーン台風などが有名)。カスリーン台風の英名は「KATHLEEN」であるので、Aから数えると11番目となる。
なお、この11個の中には、アメリカ軍が英名を付けたにもかかわらず日本が台風と解析しなかった熱帯低気圧5個が含まれている。一方、カスリーン台風の前には、日本が台風と解析したにもかかわらずアメリカ軍が英名を付けなかった台風が3つ存在する。よって、カスリーン台風を日本の台風番号で表すと、11-5+3で9号となる。
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そう、この当時はGHQ占領下で、台風はABCの順番にm名前がつけられていました。
ちなみにこの年の台風で米軍がネーミングした11この台風は、
1-Anna
2-Berrinda
3-Carol
4-Donna
5-Eileen
6-Faith
7-Gwen
8-Helena
9-Inez
10-Joyce
11-Kathleen
となります。

米軍式に言えば11号ですが、気象庁的には9号です。
49年後の今、10号台風接近の報を聞きながらこの記事を書くのも、興味深いですね…



000000819.gif
↑国土交通省関東整備局HPよりお借りしました。
2016年10号と違い、コース的にはとてもオーソドックスです☆
公式には房総半島の南端、千倉から御宿までの海岸線ギリギリに通過した事になっています。
上陸こそしなかったものの、典型的な雨台風で、広い範囲で豪雨となりました。

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この台風による死者は1,077名、行方不明者は853名、負傷者は1,547名。その他、住家損壊9,298棟、浸水384,743棟、耕地流失埋没 12,927 ha など、罹災者は40万人を超え、戦後間もない関東地方を中心に甚大な被害をもたらした。
特に、群馬県の赤城山麓や栃木県の足利市などにおいては土石流や河川の氾濫が多発し、これらの被害者を中心に群馬県では592人、栃木県352人の死者を出している。また、利根川や荒川などの堤防が決壊したため、埼玉県東部から東京都23区東部にかけての広い地域で家屋の浸水が発生した。この地域で大規模の洪水が発生するのは1910年(明治43年)8月の大洪水(以下、「明治43年の大水害」と記す)以来であった。
なお、東北地方では北上川が氾濫。岩手県一関市などで被害が出ており、岩手県内では109人の死者を出している。
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9月14日から15日にかけての主な降水量は、秩父 610 mm 、箱根 532 mm 、日光 467 mm 、前橋 391 mm 、熊谷 341 mm 、網代 329 mm 、尾鷲 256 mm 、宇都宮 217 mm 、仙台 186 mm となっている。
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上記のとおり、群馬・栃木・岩手の三県での犠牲者が殆どで、
こちらの被害詳細の考察も失敗学的には非常に重要なのですが、
この記事では「埼玉県東部から東京都23区東部にかけての広い地域で家屋の浸水」を中心に、
お話ししてまいります☆

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カスリーン台風による大洪水の発端となったのは、埼玉県北埼玉郡東村(現在の埼玉県加須市[大利根地域・北東部])での利根川堤防の破堤である。この場所は江戸時代に人工的に開削された新川通と呼ばれる直線河道であり、「明治43年の大水害」の時には破堤しなかったため、比較的楽観視されていた場所であった。
しかし実際には上流の遊水地帯が開発によって消滅しているなど、「明治43年の大洪水」当時とは状況が変化しており、利根川の水は全て新川通に集中することになった。それに加え、下流の栗橋付近には鉄橋があり、そこに漂流物が引っかかって流れを悪くしていたほか、渡良瀬川との合流点もあるため、増水時には水の流れが悪くなるという構造的な問題を抱えていた。
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さて、この付近のもう少し詳しい地図を見てみましょう。

kathleen1.jpg

栃木県、群馬県、茨城県、埼玉県…四つの県の境界線が交わる所であり、
関東地方を大きく南北に分ける、利根川が流れる場所であり、
その利根川と、渡良瀬川が合流する地点であり…と、ここはこの辺りの要衝の地なのです。
ピンが立ててある場所が、先ほどもご紹介した堤防決壊地点の埼玉県加須市新川通。
現在は堅牢な堤防が整備され、カスリーン公園として整備されています。


最近の台風・水災害を危惧してカスリーン公園を訪ねる
↑こちらのHPさまからお借りしています。

src_40644997.jpg
カスリーン大水害のモニュメントだそうです。

src_40645451.jpg
決壊口現場。ここから濁流が、遥か東京をめがけて下って行きました。

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決壊口から上流方面を望む

長閑でいい所ですね。
とてもそんな大災害があった場所には見えませんが…
悲劇があった場所と言うのは、往々にして、そういうものかもしれません…☆


少しだけ遠くの風景 さま 「2つの大河と鉄道に囲われた緑の三角地」
↑こちらのHPさまよりお借りしています。

6050_view_01.jpg

決壊現場の1キロ下流にある、東武日光線利根川橋梁。
浅草発日光行きの、2ドアの快速電車が利根川を渡っていきます。
特別料金不要の為、車内は普通の4人掛けのボックス席ですが、
JRのボックス席より、ずっとゆったりしています。
そう、東京に住んでいた頃は、面倒でも一旦浅草へ出て、日光や鬼怒川へ行ったけ。
帰りは浅草で下車して、美味しい物を食べたりするのも、楽しみの一つでしたね…☆

…と、お話が横にそれてしまいました☆
上のお写真、もう一度見て下さい。
鉄橋のトラス(線路の上の覆いの様な部分)、真ん中部分と両端部分では形が違いますよね?
真ん中部は曲弦トラス、両端部分は平行弦ワーゲントラスという形です。
元々は真ん中の曲弦トラス部分だけが橋梁で、昭和4年(1929年)に出来たのですが、

両端の平行弦トラス部分は災害の7年後の昭和29年に、
カスリーン台風の水害を受けて河川改修(引き堤、嵩上げ)を行った際、
新たに付け足された部分です。
こんなところにも、当時の記憶が残っているのですね…☆


さて、この決壊部分、なぜ「新川通」という地名なのでしょう。
答えは簡単、文字通り、「新しく川を通した」場所だからです。
後から作った人工の川ですから、その想定された流量を上回った場合、
当時の様に水が溢れてしまい易い…いわばアキレス腱なのです。


お話は江戸時代にまで遡ります。

利根川東遷事業
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利根川東遷事業(とねがわとうせんじぎょう)は、利根川の付け替えにかかわる一連の河川改修。
狭義には、文禄3年(1594年)に行われた会の川の締め切り工事から承応3年(1654年)の赤堀川通水までを指すが、広義には、足尾鉱毒事件後に行われた明治時代後期までの一連の工事を含む。
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中世頃は、利根川と渡良瀬川とはほぼ平行して南流し東京湾(江戸の内海)へ注ぎ、河口も異なっていた。利根川は現在の古利根川・中川の流路に近かったが、上野国と武蔵国の両国の国境の南で乱流し、綾瀬川や荒川と合・分流していた。渡良瀬川の下流部は現在の江戸川の流路に近く、太日川(ふといがわ)と呼ばれていた。
徳川家康江戸入府後これらの河川の河道を付け替える工事が始まった。文禄3年(1594年)に会の川を締め切り、元和7年(1621年)には浅間川を締め切るとともに新川通を開削し、利根川の中流を栗橋付近で渡良瀬川に接続した。これにより、渡良瀬川は利根川の支流となり、太日川は利根川の下流の位置付けとなった。それまでの利根川の下流は、上流から切り離された形となり古利根川と呼ばれ、その河口は中川と呼ばれた。
さらに、承応3年(1654年)に分水嶺を開削する工事を行い香取海(銚子河口・太平洋)に通じる河道を開いた。このため、江戸時代から大正時代までは、利根川の下流は、権現堂川から江戸川を経て東京湾へ至る流路と、赤堀川から常陸川を経て太平洋へ至る流路が存在し、二つの流路は逆川を介して関宿でもつながっていた。そして次第に常陸川への流路の方に比重が移り、昭和3年(1928年)に権現堂川が廃され、赤堀川・常陸川の流路のみ残り、江戸川はその支流となった。

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多くの地名が飛び交い、話が込み入って混乱しそうですが…☆
要するに、元々江戸湾(今の東京湾)に注いでいた利根川・渡良瀬川を、
新しい川を通して、常陸川(今の利根川の関宿より下流の部分)にも水が流れるようにしたという事。
はしょりすぎてクレームも来そうですが、ここは土木のHPではないから、これでいいの!…☆

分かりやすくするため、天体・天文・暦・地図・気象さまのHPから、地図をお借りしてきました。


keiido_tonegawa011i.jpg

ただ、流路は水害などの度に度々変わったので、一概には言えないそうなのですが…

利根川-浅間川or会の川-古利根川-太日川-江戸湾
↓(分流)            ↑(合流)
渡良瀬川-庄内古川----- -↑  
  ↑思川(合流)

と言う感じでしょうか…これも一時的なルートでしょうけれどね。
ともかくも、利根川・渡良瀬川・思川といった大河川は、いずれも江戸湾に注いでいたのです。

ところが、江戸に幕府が開かれそこに町が出来ると、その治水対策に頭を悩まされる訳です。
京都の白河法皇が自分の思い通りにならない事を3つあげて、
「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」
と嘆いたという逸話がある様に、治水は昔から為政者の悩みの種なのです。
そこで、徳川家康はその打開策として、上記三川の流れを太平洋に注がせようとします。

これも、うーんとはしょってまとめると、
①まず新川通を作って、利根川を渡良瀬川につなげちゃう
②赤堀川を作って、①を常陸川につなげて、銚子方向へ水を流しちゃう
③名前は全部利根川にしちゃう
④江戸川も掘って江戸湾にも行けるようにし、水運に使っちゃう

更にはその下流部分で、
⑤鬼怒川と小貝川の合流を廃して、別々に利根川へ合流させちゃう
⑥その他モロモロ(面倒臭くなってきたので省略☆)

とまあ、これで江戸湾に流れ込む水量は大幅に少なくなった訳です。
江戸は100万を超える人口を擁し、徒歩型都市として世界史上最大級となった訳です。

し・か・し…

時代は明治に入り、江戸は東京市と名を変え、更に発展を続けましたが…

明治43年(1910年)9月。
その東京市を含めた関東広域が、大洪水に見舞われたのです…





(長くなったので、ここで一旦切ります☆)

台風に便乗した事故や災害など、人為的破壊工作にもご注意を…☆

2016–08–28 (Sun) 00:34
今日も台風10号のお話から。
「今度は北関東から東北へ上陸するであろう…我を崇めよ…!!!」
と、「スーパーコンピューター」サマがのたまっているようです…☆
それにしても、露骨な悪意がミエミエな予想です。
そう、関東南海上をうろついていたときから、
わたしはこのライオンロックに、とても嫌な「気」を感じていたのですよ…


まずは気象庁予想。
http://www.jma.go.jp/jp/typh/1610l.html

1610-00.png

なるほどね。
昨日の九十九里・東京直撃コースから、
大きく東に回りこんでから、小名浜へ上陸する進路に変更。
そう、どうもあの、福島第一原発がターゲットの様ですよ。
もう少し拡大してみましょう。

1610-00-1.png

小名浜-不忘山(蔵王)-鳥海山-仁賀保というコースですね。
このコースでは、福島第一原発は中心のすぐ右側、非常に強い雨風が予想されます。
そして、東京大空襲の日、B29が3機墜落した、「忘れずの山」へ…
この事件に関しては2015年5月25日の記事、

不忘山(わすれずのやま)・蔵王 B29墜落ミステリー…☆
をご覧ください。

この元ネタは、気象庁GSMモデルの様です。
こちらは30日午後1時の予想図です。
http://atmos-nwp.com/gsm_sfc/gsm_sfc_wind.html

wind76-1.png

もろに小名浜あたりですね。
破壊工作担当チームが、何か企んでいなければいいですが…
台風だけでなく、台風にかこつけて破壊工作を行う連中にも、
警戒が必要かと思います。



一方のJTWCはと言うと、これもまた嫌な「気」を感じさせる予想です。
https://metoc.ndbc.noaa.gov/ProductFeeds-portlet/img/jtwc/products/wp1216.gif

wp1216-20160827.gif

これも少し拡大してみます。
「ああ、ここか!」という場所の近くを通ります。

wp1216-11up-1.jpg

この×印、皆さま憶えていらっしゃるでしょう?
そう、あの311のセントロイド(震央)ですよ。
震央と金華山の間を抜け、気仙沼-和賀岳-八郎潟コースですか。
いい度胸していますね、スーパーコンピューターさん…☆

自転運動に逆らって、史上初の北緯30度以上での南西進を達成した後は、
風もないのに一番水温が高い海域に行き、エネルギーを十二分に補給。
V字ターンをした後は、寒冷渦とやらを理由に大きく弧を描き、
ついには史上初の北関東or東北地方に上陸する台風となり、
311に痛めつけられた土地を蹂躙。

「そんな都合がいい台風、ある訳ないだろう!」…でやがるです☆

少なくともスーパーコンピューターには、明らかに悪意が住み着いているのでしょう。
勿論、そうさせているのは、生身の生き物なのでしょうが…☆
そしてこの通りのコースで進む事があれば、
明らかにコントロールされた台風ですね…

環境改変兵器禁止条約

1977年5月18日に締結された「気象兵器を制限する環境改変兵器禁止条約」。
これに明確な違反する行為を行ってきた者たちがいるのでしょう。
それからもう、40年近く経っているのですから、
「SFマニアか中二病」と笑ってすまされない所まで、
事態は進んでしまったのかもしれないですね。

一方、こちらはNOAAの予想図。
http://www.prh.noaa.gov/guam/image/frTrack4.jpg

frTrack4-1.jpg

最初は別々の進路を予想していたJTWCとNOAAですが、
昨日今日と、同じルートを予想しています。
我らが気象庁も、最初はECMWFに近い予想を出しておいて、
最終的にはJTWCに合わせるパターンが多いですからね…☆



と思ったら、ECMWFもほぼ同じルートに変更してきました。
http://www.ecmwf.int/en/forecasts/charts/medium/mean-sea-level-pressure-wind-speed-850-hpa-and-geopotential-500-hpa?time=2016082700,0,2016082700¶meter=Wind 850 and mslp&area=Europe

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「なんだ、コイツラ…グルでやがるです、わふー☆」



但し、このルートでは、海水温の低い地域を通ります。
スピードは決して速くは無く、ある程度の時間低水温地域を通りますので、
上陸する頃には大幅に減衰している筈です。
…堅気のまともな台風ならばね…☆


台風を完全にコントロールなど出来ない…と言う方も多いでしょう。
しかし、もしまったくの自然作用で、台風がこの進路上できた場合でも、
台風の災害にかこつけて、原発事故や大停電や堤防破壊などの、
破壊工作が行われる事は、十分に考えられます。


そうした破壊工作を防ぐ最も効果的で、且つ安上がりな方法は、
「またやるんじゃないの、あいつら」と、ネットでじゃんじゃん騒ぎ立てる事です。
そうすれば悪事は働けなくなりますし、やったとしても、すぐにバレます…☆

幸い日本には独立党さまをはじめ、こうした戦法に長けた方々が沢山いらっしゃいますし、
海外にも、今回の日本の台風が怪しい…と監視している方々も沢山いらっしゃいます。
「ショックドクトリン」の封じ込めには、これが一番だと思います。


そうしたら、また進路予想を変えてきたりして…☆




二転三転する予想 今度は九十九里浜にターゲット、ロックオン?…☆

2016–08–26 (Fri) 23:13
当直の為、昨日更新お休みしました。
本分優先ですので、ご了承くださいませ…☆

台風10号…こちらは「イルミナティマーク」でお馴染みの、米国JTWC予想。
http://www.usno.navy.mil/NOOC/nmfc-ph/RSS/jtwc/warnings/wp1216.gif

wp1216-20160826.gif

見れば見るほど、怪しいヤツ…☆
こういう経路を取る台風は、これまで見た事も聞いた事も無いのですが、
これからはこういうタイプが当たり前になるのかもしれませんね。

おや? 一時はもっと大回りしてから東北上陸を予想していましたが、
ターンを小さめにして、九十九里浜にターゲットを変えて来ましたね。

そして、NOAA(米国海洋大気庁)も、昨日までの本州遥か南海上を東進の予想を変え、
90度ターンして、九十九里への上陸を予想しています。
但しスピードは遅く、更に1日遅い、31の上陸です。
http://www.prh.noaa.gov/guam/image/frTrack4.jpg

frTrack4.jpg

注目すべきは、台風の勢力。
どちらも90度ターン時に大幅に勢力が減衰する事を予想しています。
29日以降、海水温が比較的低い海域を通過する為かもしれません。

台風について(その1)

台風のエネルギー源は、暖かい海面から供給された水蒸気が凝結して雲粒になるときに放出される熱であり、台風が発達するためには高温な海水温が必要です。その限界は約26℃で、強い台風に発達するには発達期に水温が約28℃以上の海域を通過することが必要とされています。  しかし、移動する際に海面や地上との摩擦により絶えずエネルギーを失っており、仮にエネルギーの供給がなくなれば2~3日で消滅してしまいます。


つまり、発達には28度以上、維持には26度以上あれあば良い訳です。
こちらは気象庁HPの、日別海面温度、8月25日分。
sstD_HQ20160825.png

これから予想モデルで台風が通る海域は、それでも水面温度が27度以上あります。
一気に減衰するかは、正直微妙です…
それに、れよりも低い水温で、膨大な被害をもたらした台風は、いくつもあります。
例えば、昭和34年9月26日に上陸した…

伊勢湾台風

伊勢湾台風(いせわんたいふう、昭和34年台風第15号、国際名:ヴェラ〔Vera〕)は、1959年(昭和34年)9月26日に潮岬に上陸し、紀伊半島から東海地方を中心とし、ほぼ全国にわたって甚大な被害を及ぼした台風である。伊勢湾沿岸の愛知県・三重県の被害が特に甚大であり、「伊勢湾台風」と呼ばれることとなった。


この伊勢湾台風襲来時の、海水温データが残っています。

http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1959--isewanTYPHOON/pdf/07_chap3-1.pdf

isewan temp

28度水域から本土までの距離が近かったという見方もありますが、
少なくとも水温だけが台風の勢力を決めるとは限らないと言えます。
(例:洞爺丸台風の津軽海峡西方付近での急速発達など)
ですから、この時点ではまだ油断しない方が良いかと思います。



それにしてもなぜ、90度ターンなどするのでしょうか?
これについては、今日もkasayanさまのブログから拝借させて頂きます。

台風10号の動向と週末、来週の空模様(160826)

台風が本州に引き寄せられるようにコースを変えるのは、朝鮮半島付近に寒冷渦(寒気を運ぶ偏西風が大きく蛇行し、ついには流れから切り離された寒気の渦)が南下してくるため、台風が寒冷渦の渦巻く風に引き寄せられるから。

63e1dbc9.gif

気象学的には、とても理にかなった解釈だと思います。
けれど…それだけの力が、この寒冷渦にあるのか、個人的には疑問が残ります…



(この記事、あとでもう少し書き足すかもしれません…☆)

これまでに無かった様な戦慄の大型台風が、日本を窺っています…☆

2016–08–24 (Wed) 23:58
多忙の為、本日は記事のみの更新です。
お世話になっている方々のブログめぐりは、あす以降のお楽しみ…☆


さて、そんな忙しい時でもお伝えしたい記事とは…
来週早々、凶悪な台風がやってくる可能性が出てきました。
こちらのkasayanさまのブログの記事をご覧ください。

日にも台風12号発生?台風10号の動向は??(160824)

気象庁GMSモデル
5371e721.gif


ECMWF(欧州中期予報センター)モデル
b6e13456.gif

米国NOAA・GFSモデル
6f6da400.gif

いずれも来週月曜日午後から夜、台風10号が日本を直撃する予想です。
上陸地点には若干の違いがあり、
気象庁=関東
ECMWF=近畿
NOAA=東海
いずれにせよ、日本の中心部を、中心気圧950hPaを大きく下回る勢力でやって来ます。
上陸時にも、950hPaを下回っている可能性も高く、最大限の注意が必要です。


そもそもこの台風、正直非常に怪しい。
wp1216.gif

JWTCよりの引用ですが、この10号台風の、これまでの異常な経路を再度ご確認ください。
八丈島の南を西に向かったあと南西へ向かうという経路は、
地球の自転の法則も完全無視という、長い近代気象観測の歴史上初めて見られるものです。
もともと北海道へ上陸した11号、千葉に上陸した9号と、三姉妹だった台風です。
台風の渦巻きを数字の6に見立てて、「666(魔数)」みたいだね…という方もいらっしゃいました。
その三姉妹で最後まで生き残った真ん中の娘が、大東島の南付近で一転して、
再び本土へやって来ます。

その予想進路を、日米欧3つのスーパーコンピューターが別々にはじき出した結果が、
上記の3つの画像の通り、ひきつった笑いが出てしまうほど、似ていますね…☆
自然の法則からかけ離れた台風。
気圧配置や風を理由に、なんとか説明をつけられない訳ではなく、
事実、正統派(?)の気象学者さんはそうやって説明してくれるのですが、
少なくともこの程度の風では自転の法則に負けて北に向かうはずのものが、
なぜこうして西から南西へと向かうのか、納得のいく説明ではありません。

どうしてそうなるのでしょう…?
①これまでの自然科学の法則が実は間違っていたから
②気象兵器として開発されたので、「自然の法則関係ネーだから」
実は気象学者にとっては、②のほうがまだ救われるのかもねえ…
だって、①だとしたら、今日この時点でこれまで築いてきたアカデミー崩壊だから…☆


そしてこの台風10号、わたしが危惧している点がもう一つ。
通常、台風は日本本土に近付くに従って、海水温の常用と共に勢力が落ちます。
南の海上では930hPa位まで下がっても、本土接近時には960-70位まで最低気圧は上がります。
ところが、上記3つのモデルを見ればわかるようにこの台風はそうではなく、
本土に近づけば近づくほど、その勢力を増大させてくるのです。

gms0829.jpg

気象庁GMSモデル、8月29日21時(「12時」はグリニッジ標準時での表示)。
中心が伊豆大島付近ですが、その最低気圧は950hPaを下回っています。
そんな強力な台風が、首都圏を直撃するのは極めて稀です。
これが近畿コースを辿っても、東海コースを辿っても、精力的にはこれと大差ないでしょう。

この台風、私にはとても嫌な「気」を感じます。
まるでスーパーコンピューターから生まれ、
スーパーコンピューターの通りに動く、
フランケンシュタインやゴーレムの様な、不気味さを感じますね。
そうそう、こちらをご覧ください。

GSM日本域地上予報モデル

20160824.jpg
(↑この画像ではく、リンク債の再生ボタンをクリックしてね☆)

リンク先で「海面気圧&1時間降雨量」をクリックし、再生ボタンを押してください。
南海上にある台風10号の渦が、まるで鼓動の様に、大きくなったり小さくなったりします。
そう、怪物の様な鼓動を繰り返しながら、強くなっていくのです…
そして90時間を過ぎたころから、猛然と「獲物」に襲いかかります。
スーパーコンピューターが、台風の予測をしているのではなく、
スーパーコンピューターが、台風にそう手ほどきをし、
命令を出しているかのように感じてしまいますね…☆


それはともかく…☆
3つのスーパーコンピューターがはじき出した予想は、かなり危険です。
勿論、3つの予想とも外れる可能性もあるのですが…
最悪の場合も念頭に置いて、早めに準備をされる事をお薦め致します…☆
あと、kasayanさまも仰っている、ヘンな台風12号の動きも注意ですね☆

勿論、そんな時でもこのブログは、淡々と更新してまいります。
ときどきサボりますけれどね…☆



様々な物の相関関係も、崩れる時が来る?…☆

2016–08–23 (Tue) 22:54
平日名物の簡易更新でございます。
台風9号も無事やり過ごしましたが、
本当の台風シーズンって、実はこれからなのですよね。
お腹いっぱい、もう食べられませ~ん、っていう感じ…☆


What's Wrong With This Picture? (Again)

ははは…☆
相関関係と言えば…ドル円レートと日経平均もその好例だったのですが、
今や為替介入を封じられ、日本株の独歩高状態。
1ドル100円の為替を考えれば、日経平均は高くともせいぜい11,000円が精一杯。
それでも株価だけが頼りの安倍政権は無理やり買い上げて、
1ドル80円でも株価16,000円をキープしたいのではないですか?

そこまで行っても、どこまで行っても、
いずれは相場崩壊して、オシマイですが…☆
で…株価が崩壊したら、債権は上がり金利は下がる…とは決まっていません。
なにしろ国債の値段があるうちに売り飛ばして、資金繰りをつけたい人たちが、
これから大量に出てくるでしょうし。

そもそも国債を乱発し過ぎて、国債も紙くずになる時代です。
安全な資産など、ないです。
強いて言えば金現物ですが、
こちらも売って資金繰りをつけに来る人も多いので、暴落の可能性もあります。

ただ、暴落を含む乱高下ののち、最終的には上昇するでしょうから、
未来の為にお金を取っておきたい人は、やはり金現物でしょうね。

但し…
不思議なお話ですが、金はちゃんと、持ち主を選びます。
心根の卑しいひとからは、金は逃げてしまう物なのです。
さあ、ロスチャイルド卿は、金の番人の役をこのまま続けられるでしょうか。
それとも?…☆




米国陸軍&国防総省、6兆5千億ドルの巨額ネコババが発覚?…☆

2016–08–21 (Sun) 17:16
ゼロヘッジから、こんな記事。
あまりにスケールが大きすぎて、目を疑うような話題です。

government-report-finds-65-trillion-taxpayer-funds-unaccounted

0hedge 20160821


Shocking Goverment Report Finds$6.5Trillion In Taxpayer Funds "Unaccounted For"
「衝撃の政府報告書 6.5兆ドルの税金が使途不明」


上から順に、訳文をつけていきます。
----------------------------------------------------------------------------------
先週、我々が第一報を流したとある先進国の話は、ライアン・ロクテがリオで起こしたものよりも、
遥かに巨大スキャンダルになりそうだ。
すなわち、政府の汚職であり、虚偽であり、潜在的詐欺行為であり、横領である。

本日のロイターが発表した追及記事によると、陸軍の財政が支離滅裂状態になっており、
数兆ドル単位の不正な修正会計処理を行い、見せかけ上の貸借を合わせているだけなのだ。
国防総省の主席査察官は6月の報告書で、「陸軍は2015年の1四半期だけで2.8兆ドル、
年間では6.5兆ドルの不正修正処理を行った」と述べている。

結果として陸軍の2015年の財務報告書は著しく改竄されていると結論を出している。
強制的な修正は国防総省と陸軍の首脳部が意思決定をする際の資料として、
信頼する事が出来ないものとなっている。

--------------------------------------------------------------------------------
訳文ここまで


金融関係や安全保障関係の人たちの間では、前から知る人ぞ知る案件だったのですが、
ここに来てついに表沙汰になりましたか…
6.5兆円は1ドル100円として、なんと650兆円!…☆
「使途不明金」「会計書類改竄」
要するに横領…ネコババではないですか?…☆
恩師が言う所の「一発でハコテン…どころじゃ済まないぞ」という感じでしょうか☆
そりゃあ、ロクテの話など、軽くふっ飛びますって…☆

もう少し、記事を読み進めていきましょうか…


ここから訳文
---------------------------------------------------------------------------------
国防総省が会計上の不正をやったのは、今回が初めてではない。
陸軍の数字のインチキは、この数十年国防総省が行ってきた深刻な会計操作の、
最新の一例に過ぎないのだ。
リポートは2013年にロイターがシリーズでこの件について暴いた時と同様に、
国防総省が如何にして大規模な書類変造を行い、帳簿を改竄したかを証言している。
結果、国防総省が如何にして、アメリカ連邦議会の予算よりはるかに多い金額の公金を、
何にどう使ったのかを知る術は無いのである。
陸軍は要求されたデータを失くしたり、保存していなかったりで、保存している物も大方は、
不正確なものである…と主席査察官は述べている。

----------------------------------------------------------------------------
訳文ここまで
(ご要望があれば、これ以下の部分も和訳致します☆)


今、米国が抱えている問題は色々ありますが、
この事件だけで、政府も軍も、否、そんな程度では済まされず、
経済も社会も人々の心も、崩壊する可能性があります。

いよいよ、この時が来ましたか…
ですから申し上げてまいりましたでしょう。
この秋、とんでもない事が起きますと。

いやあ…私はよく知りませんけれど☆
そう言ってきたのは、ただの勘ですよ、ただの勘…☆



一方の金融戦争屋は、崩壊どころか消滅の危機ですよね、これ。
この状況から逃れる手段はただ一つ。
再び911の様なインチキテロを引き起こて、人々の思考をリセットさせて有耶無耶にし、
世界大戦でも引き起こすか、政界中の相場を大暴落させるか、
若しくはその両方を同時にやる事位しか、逃れる方法がありません。
昨日の記事でも書きました、アジアでのこの所のきな臭いニュースは、
その準備段階の可能性もありますので、要監視です。

更には311時の福島原発の様な、あからさまなサボタージュ(破壊工作)も考えられます。
この点についても、十二分に警戒して頂きたく思います。


ロイターも動き、ゼロヘッジも動いています。
要するに、支配層・権力者たちは完全に仲間割れしている状況ですし、
インディペンデントのライターの動きも、もう止められません。
この件についてはいずれ、更に驚愕の大きなニュースが届く事でしょう。

我々は大嵐に備えて、
打てるだけの手を、全て打っておきましょう…☆

おっと、日本の場合、リアルの台風も3つ来ています。
そちらの方への警戒&対処も、お忘れなく…☆


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Author:Michiru
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清楚な女の子用のセーラー服を着て、それに手袋とブーツを合わせて男の子らしく、水兵さんっぽい、勇ましい感じにしてみました。男の子だから出来る可愛さを…。

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