Trans Princess未分類

大荒れだった一日と、まだ荒れている新幹線…☆

2017–06–21 (Wed) 23:10
本日も出先で、東京から簡易更新です…☆

今日は大荒れの一日でした。
レインブーツにレインコートが大活躍。
持って来てよかった…☆
よし、帰りは…晴天の日に、レインブーツ履いて帰ろう!
レインコートは、手に持って帰るけど…☆

先ほど東京駅を通ったのですが、
東海道新幹線が大変な事になっている様子。
大雨の後は、京都-新大阪で架線断裂。
この時間、最終東京行きのぞみ64号は、
まだ岡山付近を走行中とか。
これは下手すれば東京着は朝ですね…☆


わたしも過去に、東北新幹線で仙台行き最終が立ち往生し、
盛岡1泊したりなど、色々あったなあ…☆

北イタリアにドモドッソラという小さな街があるのですが、
わたしはここで2回、「この先運転見合わせ」」で、
強制下車させられた事があります。
通った回数が3回で、そのうちの2回ですから、
遭遇率6割6分7厘と、かなりの好成績ですね…
…急いでいるときは、ここを通りたくありませんが☆


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今日もPC引越し作業中…☆

2017–06–05 (Mon) 22:54
PCのお引越し作業中ですが、
ちょっと試運転してみました。



水晶雫ちゃんのディスクマーク

shizuku.png

なかなかいいですね…☆

さて、今日はもう少し作業してから眠るとしますか。
本格更新は明日以降のお楽しみ…☆

でもまあ、せっかくですから、
今日は1つだけ記事のご紹介。


安倍首相、加計学園問題をめぐり国会 で「印象操作だ」を連発 委員長が注意


民主党時代から検討されていた?

そのうえで、安倍首相の答弁はこうだ。
「福田政権、麻生政権で対応不可だった提案は、鳩山政権から速やかに検討となった。提案には設置母体は加計学園と明記されている」「加計学園が申請し続けているのが事実。そういう経緯があれば、熟度が増しているという(内閣府の)答弁で問題がないのではないか」
文科省は今治市と愛媛県が加計学園誘致のために2007〜14年まで計15回申請していた「構造改革特区」への申請をすべて断ってきた。その後、第二次安倍政権下で生まれた「国家戦略特区」に再申請し、2015年12月に認定されているからだ。この特区を決める内閣府「国家戦略特別区域諮問会議」の議長は、安倍首相が務めている。ただ、安倍首相は加計学園が対象となった獣医学部新設の規制緩和は、民主党政権から検討が続いていると主張。「公募のため総理の意向もない」「加計学園ありきではなく、しっかり諮問会議で議論した」とも指摘し、野党側の批判を「印象操作だ」と批判している。
これに対し、宮崎議員は「構造改革特区と、今回決まった国家戦略特区は別物。混同させるのは印象操作そのもの」と反論している。

お昼時だったのでNHKのニュース何気なくを聞いていたら、
最後の2行は報道していませんでしたね…やはりまだまだ「犬HK」ですから☆
そうは言っても、さすがに与党内はガタガタになっています。
インチキ世界が崩壊するとき、大日本帝国の亡霊も正体を露にする事になりますが…
先祖の代まで遡って、醜聞をばらされる事になるかもしれませんね…☆




現在PCのお引越し中…☆

2017–06–04 (Sun) 22:34
本日も簡易更新です、すみません。
PCを新調したので、現在お引越し最中ですので…☆

安倍は「勝負あった」ですね。
さあ、消えて頂きましょう。

しかし、安倍の罪は非常に重く、
ただでさえ厳しいこれからの嵐を、とてつもないものにしてしまいました。
なかなか厳しいですが、世界はもっと厳しいですから、
ここはみんなで、頑張り所です…☆




ルチアたちの前に現れたのは、聖母マリアなどではなく その2…☆

2017–05–10 (Wed) 22:02
ファティマの奇跡の秘密の続きです…☆

教皇領を失い、スッテンテンのバチカン教皇レオ13世は、
1887年にIOR(Istituto per le Opere di Religioni)ことバチカン銀行を設立。
その最大の実力者が、Rafael Merry del Val y de Zulueta、
ラファエル・メリィ・デル・ヴァル枢機卿。

1865年10月10ロンドンのスペイン大使館生まれで、1930年2月26日没。
枢機卿在位は第一次大戦が勃発した1914年から死去まで。
英国系のスペイン貴族の家系で、父カルロスはオーストリア大使、
兄アルフォンソは英国大使になったという超エリート一家。
更に従兄のフランシス・ズルエタはオックスフォード大学の民法学の欽定教授。
その息子(つまり甥)のフィリップ・ズルエタは、アンソニー・イーデン、
ハロルド・マクミラン、そしてダグラスヒュームと、都合三人の英国首相に個人秘書として仕えました。

名士辞典を読んでいるだけでお腹がいっぱいになりそうですね。
この一族はロートシルトの大番頭として屋台骨を支えてきました。
ご多分にもれず後期の三世・四世の時代になると、ボンクラばかりになったようですが…☆

さて、財政面での援助と引き換えに、バチカンを勢力下に治めたロートシルトは、
その世界コントロールの為に、バチカンを最大限に利用します。
第一次世界大戦は国際金融の影響が薄い帝政国家を転覆させるのが目的の一つ。
その最大の標的が帝政ロシアでした。
それが成就すればひとまず目的は達成し、ウィルヘルム・ドイツも用済みです。
1917年4月16日、レーニンを載せた封印列車がペトログラードに到着。
帝政ロシアは崩壊します。
ですから贋聖母マリアは、「間もなく大戦は終わる」と予言したのですよ…☆
(この辺りは、前回ご紹介した記事の著者さまとは、違う解釈です)



お話をファティマに戻しますと、これがやはり、見れば見るほど胡散臭い…☆
分かりやすくする為に、ウィキペディアから引用します。

ローマ教皇ベネディクト15世の祈り
ファティマの地に聖母が出現された1917年は、ローマ教皇ベネディクト15世が、教皇座としての外交手段と権限の全てを使って第一次世界大戦の終結を模索していた時であった。ベネディクト13世の平和外交は徒労に終わり、ベネディクト15世は、自分の外交による力の限界を感じ、神の母、全ての恵みの分配者である聖母に願うことにした。ベネディクト15世は1917年5月5日、平和への嘆願書とする文書で、全てのキリスト者に対し、聖母へ世界の平和をもたらす執り成しを希い、これを聖母にのみ委ねるよう祈ることを呼びかけた。 ベネディクト15世は戦争終結について聖母の執り成しを望み、真摯な祈りをするために「平和の元后」の称号で聖母を呼ぶことを定め、この称号をロレトの連祷に永久に加えることを命じた。なお、ファティマの地で聖母マリアが牧童たちに出現したのは、ベネディクト15世が聖母へ平和を訴えるメッセージ行った5月5日の8日後である。なお、その後の一連の出現で聖母は第一次世界大戦の終結について語っている。

1917年5月5日にベネディクト15世がお祈りしたら、8日後に聖母マリアがやって来た…
そして毎月(キリストが刑死した)13日をわざわざ選び、メッセージを伝えた。
…この出来過ぎた様な展開、どこか「三文劇場」を思わせませんか?

wiki1.jpg

800px-Newspaper_fatima.jpg

当時の新聞には、確かに大群衆らしいものが映っていますが、
不思議な事に、「太陽のダンス」を映像で記録した媒体は残っていないのです。
1917年といえば、写真は既に一般的な者にいなっていましたし、
チャップリン喜劇や小公女などの映画も撮影されていました。
「いやいや、ファティマの様な田舎では、そんなものは全く普及していなかった」?

大勢のマスミディアが居たのですから、首都リスボンから持ち込んだでしょう。
絶好のチャンスだった筈ですがね。

これはあくまで仮説ですが、
マスミディアがこうだったと言えば、それが事実になる…
そんな三文劇場の一つだった可能性も、否定できないのです。
マスミディアは「彼ら」のものですから…

とんでもない奇跡を起こして人々をあっけにとらせ、
自分たちが望む、未来のビジョンを刷り込ませ、洗脳する…
これはいわゆる、ショックドクトリンの手法ですしね。




「いやいや、これは超常現象だ!」
と考えられる方も沢山おられるでしょう。
…それならそれで、疑問は沢山ありますよ。

何よりわたしにはファティマに登場したこの女性に、
聖母マリアの慈愛を感じる事が全く出来ません…☆

永遠の地獄を不可避な物としておきながら、
永遠の天国は約束していません。
ですから人間は例え天国にいても、
永久にいつ堕ちるか分からない、地獄の恐怖に怯える事になります。



おまえは聖母マリアの名を語った、ニセモノですね…
人が作ったものか、人知を超えたものかの違いはむしろ些細な事。
問題は、多くの誠実な人々が慕う聖母の名を語り、
人々を恐怖で支配し続けようという、
そのさもしい欲望にあると言わざるを得ません…☆


まあ、ここは単なる日記帳。
このお話は、これ位にしておきましょう。

それにしても子供の頃から疑問なのは…
どうして近所の教会の神父さんやシスターさんはあんなに良い人たちばかりなのに、
大聖堂のお偉い聖職者さんたちは、ああも強欲で醜い人ばかりなのでしょうね…☆


「教会に近づくほど、真理は遠ざかる」
昔からある、諺です…☆



ルチアたちの前に現れたのは、聖母マリアなどではなく…☆

2017–05–09 (Tue) 21:48
さて、ファティマの奇跡の秘密ですが…

わたしは霊の存在や人類以外の崇高な存在も否定はしません。
むしろ霊界の存在などは自分の経験も含めて、確実にあると断言します。
それでは今回の聖母マリアも、そうした霊的な存在なのでしょうか…?

もし霊的な存在だとすれば…
このファティマに登場した「聖母」はとやらは、マリアではありません。
霊界の勉強をしている、若しくは知識・体験がある人間ならば誰でも分かる事で、
「永遠の地獄」というのは、実は一部の人の心の中にだけ存在します。
それも永遠ではなく、或る時気が付きさえすれば、心の持ち方を変えさえすれば、
永遠と思われた地獄は、一瞬にして消えてしまうものです。

このお話は長くなるので、またいつか別の機会にする事にして…
例え霊的な存在だとしても、「堅気な聖母マリア」でない事だけは確かです。
罪深い連中をやっつけるというのならば、
まずは悪の総本山の、バチカンに殴り込みに行くと思いますけれどねえ…☆

ましてやこの聖母マリアとやらは、人間が作った虚像の可能性が高いのです…☆


何点か、なかなか鋭い考察をされている記事がありましたので、
下にリンクを張らせて頂きます。
こちらのminaさまの記事を引用しながら、お話を進めていきます。

「ファティマの予言」をでっち上げた人々



1917年ポルトガルのファティマに、聖母マリアが計6回現れ、「ファティマの予言」と言われる「3つの予言」を伝えたことで知られる
「ファティマの奇跡」。だが、これは実は捏造だった可能性が高い。
ファティマの奇跡は、スピリチュアリズムの観点から考えても矛盾が多いが、ここは敢えて歴史的背景から見ることが重要と思われる。ファティマで聖母マリアと名乗る存在が当時の教皇に向けて伝えたとされるメッセージの中には、以下のことが含まれる。
「ロシアの回心・ロシアの奉献」つまり、ロシアに経済的な保護をもたらすことで戦争を回避せよ、ロシア人は聖母マリアに身も心もささげるべきであるといった内容である。1917年と言えば「ロシア革命」が勃発した年。そして、ロシア革命は、その後のアメリカの独立戦争ほか、1789年フランス革命、日本の江戸幕府を倒幕・明治維新同様、すべてが彼らフリーメイソンによって行われたことでも知られる。

そう、なぜロシアにここまでこだわるんのでしょうね、この聖母さん…☆
上記の他にわたしが注目しているのは、地政学上におけるロシアの位置です。
ユーラシア大陸の真ん中を支配する者がこの世界を支配するのが地政学ですから、
それが邪魔だと言うのは、ユーラシアの真ん中を治めておらず、
且つ、全世界を支配したいと望む者や者たちという事です…☆


ワーテルローで強大となったロートシルトは段々バチカンにも浸透していくのですが、
当時のイタリアは統一運動の嵐の真っ最中…☆
「よく知らないなー、そんなの☆」という方は、下記のウィキへのリンクでお勉強です…☆

イタリア統一運動

1861年にイタリア王国が建国され、1866年にはあのヴェネツィアを併合。
当時の法王ピオ9世は「バチカンは牢獄なり」とヒキコモリ作戦に出ますが、
ついに1870年には、ローマなどの教皇領も併合されてしまいます。
困ったのは教皇領からの収入が途絶え、すってんてんになったバチカン。
そんな素寒貧バチカンに救いの手を差し伸べたのが、
そう、あのロートシルト家なのです…☆

ピオ9世の後を継ぎ1878年に法王になったレオ13世は、
Istituto per le Opere di Religioni(Instriture for religions work 宗教事業協会)、
いわゆる「バチカン銀行」と呼ばれる組織を作りました。
法王就任の9年後、1887年の事です。

それを実際に動かすのは法王ではなく枢機卿と呼ばれるエリートたち。
国王は飾りで、官僚組織が実際に政府を動かしている…様なものです。

そんな枢機卿の一人に、ラファエル・デリ・メリィテルヴァルという、
切れ者の男が居たのですが…☆






(長くなるので、次回以降に続く…☆)

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