Trans Princess優生学の愚かさと、人類の真の生存戦略…☆

優生学の愚かさと、人類の真の生存戦略…☆

2016–07–31 (Sun) 20:48
まずは下記のリンクから、リテラの記事をお読みください。

自民党のネット応援部隊が「植松容疑者の主張は間違ってない」「障がい者は死んだほうがいい」と障がい者ヘイト!


確かに、以下の様な書き込みが、ネットに横行しているのは事実ですね。

〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉
〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉
〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉

呆れてものが言えないのですが、
弱者切り捨てで強い者勝ちが良いのだという思想は、
安倍政権とそれを支える極右勢力、それを操るネオコン・ネオリベ、
更にそれを操るエリートたちの思想なのです。


今回の相模原での凄惨な事件は単なる事件とは思えない部分が多く、
裏で一個人とは比べ物にならない様な、大きな組織と意思が動いている様です。
それがもし、彼ら(便宜上ここでは優生学一派と呼ぶ)だとすれば、
この一見破廉恥極りない言動も、納得がいくという物です。
そうでなくとも、これは使えるとほくそ笑んだ可能性は高いと思います。

一見突拍子もないように見えますが、実は前例があります。
ナチス政権下のドイツでは、ある程度うまくいった工作であり、その後の政策なのです。
もしかしたら、現代の日本人も同じ様に、
「働かざる者食うべからず」
「安楽死させてあげた方が、介護する方もされる方もウィン・ウィン」
などと考えてくれるかもしれない…と考えても不思議はありません。

しかしそれは、思惑の一つから大きく外れてしまった…☆
世間では、弱者をいかにして守ろうという議論が盛んです。
わたしのまわり(仙台・塩竈近辺)でもそうですし、
昨日業務で行った盛岡でもそうでした。

それでは…と彼らはセカンドオプションに切り替え、
今回の事件をダシに、より一層の統制強化を図ろうとしています。
例のGPS埋め込みなどもその一つですが…分かりやすい人たちです。
どこかの顔が曲がったおじさんが、「ナチスの手口に学んだらどうかね」と仰っていましたっけ…☆

これも本当に分かりやすいですから、こちらの考える手間を省いてくれます。
もしこれが当時のナチス程度の頭脳の持ち主だったとしたら、少々手ごわいですが…
何分あのような超劣化版なので、あんなものです…☆
しかし、こうした優生学一派の様な思想は、ずっと昔からある訳です。


ここで「猫と鉄道」さまから、色々と示唆に富む記事をお借りします。

優生主義、優生学、優生思想とはなにか

優生思想の幅において、より緩やかな優生思想とはなにか。例えば、「健康で元気な赤ちゃんが産まれてきて欲しい」という考え方である。そう思った時点で、五体満足な人間を五体不満足な人間の上位に置いている。緩やかな優生思想は例を挙げれば切りがないので、是非想像力を働かせて考えてみてほしい。学歴の低い人、大会社の正社員ではない人、顔の悪い人等々、そのことだけでその人を構成するオリジナリティ、すなわち人間性のすべてがより低く見積もられる。これも優生思想である。
(中略)
より緩やかな優生思想の実現は非常に身近になりつつある。遺伝子検査による受精卵や生殖相手の選別。脳死、尊厳死という名で、死ぬことで社会に便利な、あるいは死なないと社会の重荷になる人間は殺してもよいことにする。そしてこの「社会」の定義は、多数派の人々が無意識のうちに押し付けているものである。


そう、この「より緩やかな優生思想」というのが曲者なのです。
面と向かって肌の色で差別するのは良心が咎めても、
尊厳死という砂糖をまぶした緩やかな弱者抹殺には、心を動かされる人も多いのです…
もう少し引用を続けます。

われわれが注意すべきはこの最後のものである。遺伝子による選別、あるいは臓器移植や尊厳の名の下で他者に強制される死。これらは非常に緩やかで目に見えにくい優生思想であるが、まさしくこれこそが、他者が社会に不要とレッテルづけられた人間を、あるいはいつかわれわれを殺すことを正当化する思想である。健康な日本男児を産み育てませう。戦前のスローガンもそうだった。本当に恐ろしいものは足音を立てずにわれわれの隣にやってくる。注意しよう。そして避けよう。自らの生死を、自らの手に入れよう。誰にも渡さないようにしよう。さもなくば、あなたは明日にも社会の名の下で処刑されるかもしれないのだ。大袈裟な表現ではなく、このことは歴史上何度も繰り返されて来たのだから。


そう、ナチスドイツも大日本帝国も、こうした優生学を基盤にした国家だったと言えます。
勿論、優生学の先進国だった米国や、他の国々にも、この思想は生き続けている訳です。
緩やかな優生学が許容されれば、次はより不寛容で冷血な優生学が登場する事になりますが、
正直、日本の社会全体はともかく、政治は今その段階にまで進もうとしている訳です。
これは非常に危険な事で、警戒しなければなりません。
心の中に「ふざけんな、いーかげんにしな!」という気持ちは、いつも持っていないとね…☆


「それでも優生学は本当は正しい」と唱える人も多いです。
それは、自然界の法則としての弱肉強食理論とリンクさせて主張される事にります。
上記の猫と鉄道さまでも、この様にお話しされています。

レイシズムと同様に激しい優生思想を持つものが、優生学である。優生学は、優生思想を正当化するために、弱肉強食の論理を進化論の議論とリンクさせ、同時代の社会――他国を凌ぐより強靭な肉体を持つ戦士を必要とした帝国主義の社会――に最適化された人種を作り出そうとした。実際は、人類は多様性の中で社会を構成することで生存しているため、進化論的に考えれば個体としての人類がいかに強くなろうと種としての強化を図ることはできない*1のだが、戦争に向かう各国家の支援を受けたために数十年間にわたって優生学は科学の看板を上げることができた。


この弱肉強食というのが自然界の法則であるというのは、広く受け入れられている様ですが、
わたしはこれ、ぜんぜん違うと思うのです☆
ダーウィンの進化論も、根はこの弱肉強食による適者生存があるのは否めないのですが…

もし本当に弱肉強食が自然の真理であれば、今頃この地球は、死と破滅の星となっているでしょう。
だってねえ…それだと最後には一番強い者だけしか生き残らないのですから、
最後の最後は、最強者が共食いをして絶滅し、オシマイです…☆



と、ここまで書いて、何かいいまとめの資料は無いかと思い、
Waik in the spiritさまのブログを覗きにいったら…
あるじゃないですか…良いのが…さ・す・が!…☆

大元はここみたいですね。

弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に

(質問)
弱者を抹殺する。
不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います。
自然界では弱肉強食という単語通り、弱い者が強い者に捕食される。
でも人間の社会では何故それが行われないのでしょうか?
文明が開かれた頃は、種族同士の争いが行われ、弱い者は殺されて行きました。

ですが、今日の社会では弱者を税金だのなんだので、生かしてます。
優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理ではないのですか。
今の人間社会は理に適ってないのではないでしょうか。
人権などの話を出すのは今回はお控え頂ければと思います。


(答え)
え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません
虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています
***

自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です
個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです

種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)

そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです
必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります
多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの、、、、
あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通り

「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです
そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです

10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります
「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります

人間の生存戦略は、、、、「社会性」
高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる"弱者"です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です

どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の"弱者"を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました
生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)

「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ
あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です
遺伝子によって発現されるどういう"形質"が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです

(「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。それこそ誰にも読めないことなんです。自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能ですから)


アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです
だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです



(上記答えに対する質問者のコメント)
どの回答もよかったですが、貴方様の回答が読んだ際一番面白く、興味深く読み進めることが出来ました。
ありがとうございました。



すごい…仰る通りですね☆
特に最後のまとめ、もう1回引用。

アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです
だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです



そう、我々は皆弱者なのだから、
弱者同士で集まって、弱者を生かし、ともに歩んでいく。
そうやってこの過酷な地球という星の環境の下で、
我々人類はこうして長い間存続し、文明を生みだし、文化を生み出してきたのです。

ですから、今回の相模原の事件に関して、
弱者を切り捨てる事が国家の為という理論こそ、人類全体に対する自己否定であり、
また、人類全体に対する冒涜なのです。



「虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています 」

皮肉な事に、その優生学を信奉しより強い国家として生き残ろうとしたナチスも大日本帝国も、
短い栄華のあと、滅んでしまいました。
この二つの国だけでなく、歴史上数多あった弱肉強食の勝者であった強大な国家は、
その殆どが、既に地上から姿を消してしまっているではないですか…☆


それを教訓とし、21世紀を未来に向けての持続可能な社会を構築するスタートだと考えれば、
愚かなで自分勝手な弱肉強食では上手くいかないという事を、考えるべきかと思います。

湯河原にお住まいのフィンランド系日本人・ツルネン・マルテイさんが以前、
「21世紀の世界はかつての日本の様に、なるべく競争を少なくし、自然と共存し共栄する社会になる事が望ましく、そうした持続可能な社会を作る事が日本の使命であり、そうする事によって、我々人類は存続可能…」
と言う様な事お話されています。


日本は世界に先駆けて、そんな社会を取り戻さなければいけません。
311の時、弱者同士で集まり、弱者を生かす生存戦略で、東北の民はピンチを切り抜けました。
あれが、「日本のやり方」な筈です。
今度はそれを日本中で行い、世界へと広める番です…☆



ちなみに「生存戦略」を検索すると、
わたしのPCでは、これが最初に出ます…☆

eitan.jpg


ははは…ピングドラム☆
わたしのPCに、間違った教育をしているのでしょうか?…☆
(でもこのアニメ、実は銀河鉄道の夜エピソードが鏤められるなど、実は奥が深いのです…☆)



おまけ

孫崎享さんのツィッター

極秘情報、都知事選。(6月15日午前、舛添氏辞職願を都議会議長に提出、小池百合子氏6月29日に記者会見で知事選立候補の意向を表明した経緯の中)6月17日の段階ですでに、米国情報関係者周辺では「次はユリコね」という会話がされていました。


はい、またも不正選挙でした…☆
米国さん、いい加減にしてくださいね…☆


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コメント

生産される弱者

優生学って弱者を排除するという観点から話されることが多い印象ですが、逆に「(管理の上)生産」してる面のほうが大きいと感じています。
主に薬によって優生ではない個体(人間のみならず動植物も)が遺伝的にも後天的にも作り出されていますよね。
その動機はお金儲けなどより優越感のエスカレートしたものかなと思います。
ひどい事するもんだと思います。
特に子どもに対して行われるそれには。
気付かない考えない親も親ですが。

Re: 生産される弱者

> 優生学って弱者を排除するという観点から話されることが多い印象ですが、逆に「(管理の上)生産」してる面のほうが大きいと感じています。
> 主に薬によって優生ではない個体(人間のみならず動植物も)が遺伝的にも後天的にも作り出されていますよね。
> その動機はお金儲けなどより優越感のエスカレートしたものかなと思います。
> ひどい事するもんだと思います。
> 特に子どもに対して行われるそれには。
> 気付かない考えない親も親ですが。


こんばんは☆

この優生学、本来は弱者を生産し、家畜のように扱う…という方が、元々の考え方です。
自分たちはその家畜を管理する牧場主ということですね。

それが進むと、どういう訳かこの家畜を排除にかかる人々が出てきます。
そこで、家畜を飼いたい側と排除したい側で争いを始めたりもします。
全く以てふざけた人たちですが…☆

この家畜と牧場主はなかなかずる賢く、
あるときは共産主義、あるときは新自由主義と、
手を変え品を変えやって来ます。

ただ、そこさえ見破ってしまえば、根っこはとても単純です…☆




Re: Re: 生産される弱者

やはり生産と排除両方ありますよね。

優越感に浸りたいとか、劣った人を見たくもないとかいう感情・要求は僕にも幾らかありますが、それを組織的・継続的に生体実験しちゃう、ある意味欲望に正直な人たちがいるわけですね。

優生学にはMichiruさんがときどき使われる(僕の捉え方にズレがあると思いますが)「天が見ていて、そうはならない」的なニュアンスに近いものを感じていて、
極派は一定数を超えないし激減もしない、一個人内の優生学的な感情・要求も揺れ幅はあるが大きく動くことはなかなか無い、のかな?と思ってます。
なんかうまく言えないのですが「海の水の成分って、潮溜まりはできたりするけど位置的時間的に変化してもそうそう変わらないよね?」みたいな。
まぁ潮溜まりも多様性に一役買ってますしね。
世界は潮溜まり期間なんでしょうか。ほどほどの波がやってきて小ガニも小魚も混ざってちょうどよくなる日が来るといいなあ。

Re: Re: Re: 生産される弱者

> やはり生産と排除両方ありますよね。
>
> 優越感に浸りたいとか、劣った人を見たくもないとかいう感情・要求は僕にも幾らかありますが、それを組織的・継続的に生体実験しちゃう、ある意味欲望に正直な人たちがいるわけですね。
>
> 優生学にはMichiruさんがときどき使われる(僕の捉え方にズレがあると思いますが)「天が見ていて、そうはならない」的なニュアンスに近いものを感じていて、
> 極派は一定数を超えないし激減もしない、一個人内の優生学的な感情・要求も揺れ幅はあるが大きく動くことはなかなか無い、のかな?と思ってます。
> なんかうまく言えないのですが「海の水の成分って、潮溜まりはできたりするけど位置的時間的に変化してもそうそう変わらないよね?」みたいな。
> まぁ潮溜まりも多様性に一役買ってますしね。
> 世界は潮溜まり期間なんでしょうか。ほどほどの波がやってきて小ガニも小魚も混ざってちょうどよくなる日が来るといいなあ。



こんばんは☆

天はわたしたちとは比べ物にならない所から見ているでしょうから、
わたしたちにとっては大事も、さざ波の如く動かしているのかもしれませんね…☆
優生学という学問も、人間が考え出した「より高みへ、より理想の未来へ」という手法の一つなのかもしれませんが、
記事でもお話ししましたように、それはむしろ、人類の生存戦略から遠ざかるものなのです。

しかし、トライとエラーを繰り返しながら、人間は賢くなっていくのですから、
イタズラっ子を遠くから見るような眼で、見ているのが天なのだと思っております…☆


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清楚な女の子用のセーラー服を着て、それに手袋とブーツを合わせて男の子らしく、水兵さんっぽい、勇ましい感じにしてみました。男の子だから出来る可愛さを…。

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