Trans Princessかつて「東西」を隔てた鉄路は険しく…☆

かつて「東西」を隔てた鉄路は険しく…☆

2014–01–04 (Sat) 17:53
三が日も終わりまして、そろそろ「新年スタート」っていう気分になってきましたか?
私は昨日、お勉強に緊急招集されまして、とっくにお正月は過去のものです…☆

記事は一昨日の続きです。さてさて…
セジャーナ国境☆
なんと国境を越えてイタリア領内に入った途端に、線路消滅。
これはあのトレニタリアの陰謀でしょうか☆(トレニタリアとは国鉄の業務を引き継いだ民間会社で、日本のJRのようなものです。面倒なので、この後「イタ鉄=痛鉄」と表記します)

あ…でも、地図を航空写真に変えてみると…

航空写真☆
線路はまだ続いていて、その先には車両基地みたいなものがあり、線路は更に西へ続いています。

ものすごくくねくねと、曲がりくねった線路なんですよね…。
そして最終的にはここに出ました。
ここに出た☆

線路はちゃんと、トリエステ方面にもモンファルコネ方面にもつながっています。
と言う事は、巨大な欧州の鉄道ネットワークに接続されているという事。
これはどういう事なのだろう…☆

ウィキペディアの「トリエステ」の所を見てみると
「港の存在と、長距離の乗客・貨物輸送の必要性から、トリエステへ鉄道は早くに敷かれた。初の鉄道は1857年に敷かれた。この路線は、1400km離れたリヴィウから、リュブリャナ、ショプロン、ウィーン、クラクフ、グラーツ近郊のゼメリング峠でアルプス山脈を横切って拡張した。この路線はヴィッラ・オピチナ村を通ってトリエステへ接近する(市から数キロだが標高は300m以上高い)。このため、路線はトリエステ中央駅で終点となる前に北へ32km迂回する。」

「2本目のアルプス縦断鉄道は、ウィーンからイェセニツェとノヴァ・ゴリツァを経由するトランサルピナ鉄道の開通と共に、1906年に始まった。この路線は、ヴィッラ・オピチナを経由してトリエステへ近づくが、トリエステの別の鉄道ターミナル駅であるカンポ・マルツィオ駅へ向かって緩やかに南進する方がむしろ距離が短い。この路線はもはや運行されておらず、カンポ・マルツィオ駅は現在鉄道博物館となっている。」


ふーん…これはその「鉄道博物館」とその一連の施設なのですね。
こんな山の中にそんなものを作って…お客さんが入るんでしょうか☆

まあ、乗せてくれないんじゃしょうがないですね。
また次をあたるとするかです☆

もったいない気もするけれど、そんな山間を急カーブと急勾配で抜けていくのでは、正直商売にならないのでしょう。
なぜこんな作りのまま放っておいたのか…。

そこでふと、想い出しました。
「ここはかつての冷戦時代は、東西陣営の境界線だった」と言う事を。
スロベニアはかつての「社会主義圏」であるユーゴスラビアの一部。

そう。
この国境を越えればイタリア…そこはもう、「自由主義圏」だったのですね…。
言わば異なる二つの世界にとっての「辺境」でもあったのです…。

(ちょっと急用ができたので、あとで加筆します☆)

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